石山アンジュの結婚相手は誰?斬新な家族観とは?経歴や家族構成を紹介!

石山アンジュの結婚相手は誰?斬新な家族観とは?経歴や家族構成を紹介!

「あらゆるモノをインターネット経由で貸し借りする中で経済が生まれる」という概念を日本国内でいち早く確立した石山アンジュさん。ミレニアル世代の社会起業家の中で華麗な経歴が注目を集めている逸材です。既成概念にとらわれない考え方と行動力だけでなく、独特の家族観も話題になっています。そこで今回は石山アンジュさんの結婚相手や家族構成を調査しました。

目次

結婚相手は誰?

石山アンジュさんの結婚相手は、3つ年下の一般男性。大分県の限界集落に在る古民家で生活し、地方自治体の支援を受けて村づくりを担っています。高齢者が所有している土地の草刈りや、知り合いの子供の世話など、周囲との交流が生活の大半を占めており、毎日きっちり決まったスケジュールがありません。古くから里山で根付いてきた助け合いの精神を継承し、暮らしを循環させています。「シェアの思想が世界平和につながる」と提唱してきた石山アンジュさんいわく、結婚相手は自分よりも100倍シェアな人なのだとか。

2020年に事実婚

結婚相手は石山アンジュさんが過去に交際してきたITベンチャー男子とは正反対のキャラであると同時に、初めて真の安らぎを彼女にもたらした存在でした。しかし2人にとって本当に結婚が必要なのだろうかと、石山アンジュさんは苦悩。熟考して話し合いを重ねた結果、互いに「性的なパートナーシップを結んだ形を残したい」という気持ちがあったため2020年に事実婚を選択しました。子供の誕生に伴って親権や苗字を考えるまでは、あえて入籍しない覚悟でした。

事実婚の終了

事実婚を両家の親に報告して挙式した後、石山アンジュさんは仕事場である東京と結婚相手が暮らす大分を往復する、二拠点生活を開始。意識さえ通じ合っていれば夫婦になれると信じ、幸せ一杯でした。けれども事実婚を4年ほどで終了し、二拠点生活をリセットしました。

内縁関係という自由な生き方を続けるには、互いの思いをすり合わせて、さまざまな困難を乗り越えなければなりません。すれ違いの積み重ねによって、石山アンジュさんは苦渋の決断をしたのではないでしょうか。

斬新な家族観とは

石山アンジュさんと結婚相手が共有していた家族観は、血縁や法律にしばられない家族の形式(通称:拡張家族)。石山アンジュさんが代表理事を担っているシェアハウス・シフトでは、拡張家族の考え方を実践しており、入居者と家族になる意志を持っていることが共同生活のルールです。それゆえ、家事や育児など生活の困りごとを出来る限りの範囲で互いにサポートする習慣が定着しています。核家族の増加によって人付き合いが希薄化しているからこそ幅広い世代から支持され、20243月時点のメンバー数は約110人です。

石山アンジュの経歴

シェアリングエコノミー伝道師の肩書きを持ち、行政機関と地方自治体で数多くの委員を務めている石山アンジュさん。ミス・ユニバース・セミファイナリストに選出されるほどの美貌の持ち主のため、イベントやメディアに登場する機会も珍しくありません。ここからは華やかな経歴をチェックしましょう。

幼少期の夢は平和大使

幼い頃の石山アンジュさんは、両親から「地球人になりなさい」と教育を受け、家族旅行の際に発展途上国を訪問。その影響により戦争映画を好んで鑑賞していました。殺戮や戦争を繰り広げる人間たち、それらを取り巻く環境に興味を持ち、将来の夢は国連が任命する平和大使でした。

3歳からダンスを習っていたため、高校時代はタレント養成所・エイベックスアーティストアカデミーに所属。BoAさんや浜崎あゆみさんを将来の目標とする同年代を横目に、マイケルジャクソンさんのような世界平和を訴える人物になりたいと情熱を燃やしていました。

国際基督教大学へ進学

高校卒業後、国際基督教大学に進学してからは、平和研究が専修分野でした。日々、紛争解決や国際開発などを学ぶ中、だれ1人として残さず平和にする難しさを痛感し、世界各地の街頭で平和について質問するプロジェクトを発足。さらに国際問題を扱う討論番組でアルバイトを経験し、いろいろな方面から専門知識を吸収していました。

生活費と学費を自力で捻出

キャンパスライフはまったく気楽なものではありませんでした。なぜなら父親と母親、双方が体調を崩し、経済的な援助を期待できない状態に陥ったため。さらに奨学金制度を利用しづらい事情があったことから、勉強の合間をぬってバイトを掛け持ちし、生活費と学費を稼がなければなりませんでした。

無事に大学を卒業した後は3年ほどリクルートで勤務。その間、新卒の採用や他社のコンサルティングを任されていましたが、組織の倫理が個人の人生を平然と変えてしまう状況に違和感を覚えていたそうです。

シェアリングエコノミーの普及に尽力

リクルート退社後は、企業と個人が対等な社会の実現を願ってクラウドワークスに入社。当時、スタートアップ企業だった同社において経営企画と投資家に対する広報活動にたずさわっていました。その後、組織に依存せずに自力で働く方法はないだろうかと模索。結果「あらゆるモノをインターネット経由で貸し借りする中で経済が生まれる」というシェアリングエコノミーの概念にたどり着いたのです。この出来事をきっかけに、シェアリングエコノミーの普及に尽力するようになり、社会起業家の才能をいかんなく発揮しています。

家族構成は?

石山アンジュさんは兄弟や姉妹がおらず、一人っ子。家族構成は父親と母親、本人を含めて3人です。両親は42歳の時に離婚しましたが、石山アンジュさんの学費を折半するなど、関わりを続けています。そんな父親と母親はどのような人物なのでしょうか。

父親

父親である和男さんは30歳まで大手レコード会社で働いていた元・音楽ディレクター。横浜のサンバカーニバルチームの2代目リーダーを務めていたため、ブラジル音楽に造詣が深い人物です。退職後しばらくの間は南米をバイクで巡るなど、世界各地を放浪。現地の人との交流を通じて食堂付きの宿の運営に興味を持ち、自宅をリノベーションしてシェアハウス・casa VITA BELLAを開業しました。

一家離散

シェアハウスは海外で和男さんと意気投合した人々や、音楽コミュニティの関係者が滞在。そのため石山アンジュさんは幼い頃から多種多様な背景を持つ大人たちに囲まれて生活することが当たり前でした。環境が激変したのは離婚して間もなく。和男さんの彼女が頻繁にシェアハウスに顔を出すようになったのです。居心地の悪さを感じた石山アンジュさんは1週間のうち3日だけシェアハウスで生活。残りの4日は母親や幼馴染の家を渡り歩いていました。

紆余曲折を経て仲良しの父娘に

和男さんが石山アンジュさんの大学進学を反対するなど、2人の間に亀裂が生じたこともありましたが、現在は関係が良好です。石山アンジュさんが手がけるシェアハウスで和男さんが出張シェフを務めたり、2人で離島を訪れたり、仲睦まじい姿がインスタグラムで公開されています。

また新たなパートナーと共に、シェアハウスを切り盛りし、充実した日々を過ごしているようです。気になる人は「ひつじ不動産」の紹介ページをご覧ください。

母親

母親である鴫原弘子さんはバリバリのキャリアウーマン。松下通信工業で研究開発職として勤務した後、23歳の時にファッション業界に飛び込みました。ファッションブランドのプロデュースと共に、ショップスタッフやスタイリストに対する服飾指導に力を注いできたため、服飾戦略のパイオニアに位置付けられています。

ファッション事情について論理的に分かりやすく説明できるプロフェッショナルとして高い評価を得ており、さまざまなメディアに引っ張りだこです。

まとめ

石山アンジュさんは自由なライフスタイルを好む両親に育てられ、弱冠12歳の時に一家離散を経験。その影響から同級生よりも早く大人びた感性を持ち、家族や多様性について深く考えていました。一時は周囲と自分の違いに苦しみ悩んでいましたが、その過程が現在の活躍にいかされているのでしょう。今をときめく石山アンジュさんの心を射止める新たな結婚相手は近々あらわれるかもしれませんね。

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